第四章
一
割れたフロントガラスもそのままに、ふたりが今や本拠地とも言えるナルアキのマンションに帰りついたのは空が白みはじめた頃だった。
大葉は馴染みの修理屋に連絡し、駐車場に入れた車を勝手に持って行って修理しておいてくれるよう指示した。
ナルアキは疲れが見て取れたが、怪我もなく、落ち着いたものだった。むしろ、時間的にそろそろ就寝時間なのだろう。あくびを繰り返していた。
あの時、ナルアキは初めからもう一丁の拳銃の存在を危惧していた。
宝石店で殺されていた男は警備員を殺している。そいつは銃を持っておらず、何より大人しく撃たれて死んでいた。つまり、奴が持っていた銃を別の誰かが持っている事になる。
それが二丁のどちらかである可能性もあり得たが、念のため三丁目の存在を考えておくに越したことはなかった。
「種明かし、して貰おうか?」
「えー、と。何がわからないんですか?」
「市姫に何させた?」
ナルアキはきょとり、とした。何を言っているのかわからない、と言うように。
「だから、」
「シソさん見てたじゃないですか。市姫は出てきて犯人を脅しただけですよ」
今度は大葉が困惑する番だった。
ならばあれは何だったのか。ナルアキを人質にしようとして倒れた男は、感電していたのだ。
「あぁ、そういう事か。あれは天花がやったんですよ。市姫はタイミングを合わせて芝居を打っただけです」
「天花が?」
「確かに神様には電子機器を操作出来るだけの微弱な電波を飛ばす機能を与えてますけど、あの距離で人を感電させるなんて不可能ですよ」
ナルアキはローテーブルに天花の本体を転がした。
「あの時、僕はあいつの靴の中に天花を放り込んだだけです。天花は自分の燃料をスタンガンのように放電させたんです。お蔭で、充電が空ですよ」
ころり、とテーブルに鎮座した天花は無反応に黙っている。
その横に、神大市姫命を並べた。
「ふたりとも、よく頑張ってくれました」
大葉には同じ碁石が並んでいるようにしか見えない。だが、ナルアキにはその区別がついているらしかった。
「見分けがつくのか」
「ふふ、シソさんにもその内わかるようになるかもしれません」
「教えろよ」
「そうですねぇ、犬の鳴き声ってみんな違いますけど、そういうのって実際飼ってみるまでわからなかったりするんですよね」
「は?」
「そんな感じです」
「わかんねぇよ」
ナルアキは酷く機嫌がいいようで、くすくすと笑っていた。
「ねぇ、シソさん」
「あ?」
「僕ら、結構良いコンビだと思いません?」
大葉にしてみれば、奇妙なガキだ。
天才的なプログラマーで、頭の回転がいいオタク。引き籠りかと思えば無駄な好奇心で現場を見たがったり、意外と活動的だったり。
人間嫌いと言いながら、こうして無邪気に懐いて見せる。書斎を片付けられない人間臭さに反して、生活感が皆無の台所。
若いくせに古いドラマが好きで、技術の最先端を走っているのに古きを温めている。歳の割に達観しているかと思えば、子供染みた点を隠そうともしない。
膝を抱えて座ったり、考え事をする時に俯いたり、所々にある変わった癖。加えて、うっとおしい前髪に痩せた体躯に夜行性。
友人にするには最悪だ。知り合いに持つのも出来れば避けたい。
だが、
「そうだな、先生」
相棒にするには、変り者の方が面白い。
「末永く、よろしくお願いしますね」
「キモい言い方すんな」
ナルアキはけらけらと笑いながら、軽い足取りで寝室へ引っ込んだ。
陽が昇った。大葉の一日が始まる頃、ナルアキの一日は終わるのだ。