二
邪魔にならない話し相手、そう言ったナルアキの言葉を思い出した。
大葉の目の前にちょん、と立った天花は一言も発しない。そういえば、ナルアキと話していて口を挟んできた事はなかったし、話を向けられない限りは何も言わない。
あの滑稽な逮捕劇から四日。事件が動いたと電話をかけた大葉は有無を言わさぬ勢いでナルアキに呼び出されていた。
だというのに、この気まずい神様の前で待たされること一時間である。
「あれ、シソさん?」
「あれじゃねぇよ。自分で呼んどいて」
「・・・そうでした」
相変わらず、どこかふらふらとした消息ない足取りでようやく現れたナルアキは大葉を見て意外そうな顔をした。
大葉は若干の怒りを覚えたものの、そんな些末なことで腹を立てていてはこの男とは付き合っていけないといい加減理解しているので諦める。
「それじゃ、お話伺いましょうか。天花、書斎で充電しておいで」
『はい』
天花が行儀よく、一礼して去って行く。何のために立ち尽くしていたのかよくわからないが、恐らく客の相手のつもりだったのだろう。
大葉は、ナルアキがソファに体育座りするのを待ってから話をはじめた。
「先生、ニュース見たか?」
「いつのですか?」
「昨日の、深夜のには出てたと思うが」
「見てません」
大葉は、ローテーブルに捜査資料と一枚の顔写真を出した。
「昨日、永田町で本来の四件目が起こった」
「高級宝石店でした?」
「あぁ。しかもな、警備員が射殺されてる」
「そう、ですか・・・」
「本題はこっからだ。警備員と揉み合ったようでな。皮膚片が出た」
「照合できましたか」
「中国系窃盗団のDNAが出た。海外で逮捕歴がある」
ナルアキが膝に顔を伏せた。
そのまま、くぐもった声で話し始める。
「顔素性は割れましたね」
「先生、こっから先は捜査班の努力次第だ。俺らの仕事の範囲じゃない」
「シソさん、そういう人じゃないでしょう?」
「は?」
「こうなったらもう、意地じゃないですか。刑事ドラマ、見ないんですか?」
「・・・こういう場面であっさり引く奴って脇役なんだよな」
「そうですね」
顔を上げ、大葉の目を見て、ナルアキは安心した。
大丈夫だ。この人は、自分と同じ性質の人間だ、と。
「ところで、Nシステムは調べました?」
「そういう報告はないな」
「どうしてです?」
「車は買うにも借りるにも身分ってもんがいる。国際窃盗団なら日本の免許は持ってない可能性も高い。普通は調べないな」
まぁ、いいでしょう、とナルアキはため息を零して、再び顔を伏せた。納得はしていないが言っても仕方がないと諦めたようだった。
「僕は次の犯行があると思います」
「・・・なんで言い切れる?」
「勘です」
「あんたな」
「と言うより、希望です。そうでもないと捕まえようがないじゃないですか」
「次に狙われるところがわかってるならともかく、」
「待ち伏せれば良いでしょう?」
「どこにそんな人手があるってんだ。第一、俺たちは捜査員に指示を飛ばせる立場じゃない」
「何言ってるんですか?当たり前でしょう。わかってますよ」
「だったら、」
「だから、僕らは神様計画をやってるんですから、神様で対抗しましょうって言ってるんですよ」
ナルアキが顔を上げた。口元に笑みが浮かんでいる。
立ち上がり、書斎の方へ歩いて行ったかと思えば、片手に黒い山を乗せて戻って来た。
大葉にも既に見慣れた、神様の本体、だ。それがナルアキの掌に山となって重なっている。
「先日お話しした、改良案を実行してあります」
「それ全部、」
「これは空ですよ?AIもモデルも入ってません。ただ、彼らのネットワークには接続できます。カメラもマイクも使用可能です」
「そいつをばら撒いて、監視カメラにしようってか」
「そうです、その通り。店のカメラは事件が起こってからでないと見られませんが、僕らが僕らの落し物でたまたま見てしまったものは仕方ありません」
「落し物、か」
「はい。落し物、です」
彼らは顔を見合わせて笑った。
悪戯な子供のような笑顔だった。