二
翌日、日が沈んだ午後七時過ぎに大葉はナルアキの部屋の玄関前に立った。
インターホンを押せば、ピピ、という電子ロックの解除音に続いて、どうぞ、という合成音声が聞こえる。
「よう天花、先生は?」
『書斎です。どうぞ』
天花の先導について書斎に入った。
初めて入ったその部屋は大葉の予想以上に酷い有様だった。
資料と思われる書籍は散乱しているし、無差別に配置された書架は室内を迷路のように見せている。
さして広くもない部屋であるはずなのに、そこにいるというナルアキの姿はどこにも見えなかった。
小さな機械である天花は隙間を縫ってするすると器用に進んでいく。しかし、大葉は本を踏まないように、書架にぶつからないように、と注意を払うのに骨が折れた。
「いらっしゃい、シソさん」
「先生、これはちょっと片付けた方が良い」
「そうですかね?」
「そうですよ。あんたみたいな人でも紙の本なんか読むんだな」
辺りを見渡す。古本屋でも開けそうな量だ。
ナルアキは部屋の最奥に設置されたデスクの前に座ったまま、チェアをくるりと回した。
いつものうっとおしい前髪をカチューシャで止めていた。いつもそうしていればいいのに、暑苦しい、と大葉は思うが口にしない。
初めてまともに顔を見た気がした。二重の深い目元は涼しげで、意外にも整った部類に入る顔立ちだ。色が白いのがいっそ寒々しくすら見える貌をしている。
「古い本になると電子化されてないのも多いですし、紙はハッキングの恐れもありません。だから、警察だって未だに書類を使うんでしょう?」
「おっしゃる通り。流石、プロは警戒心が強いね」
「今回、神話関連の書籍をいろいろ集めたんです。一気に増えたものですから、収納できなくて」
ナルアキはキーボードの端のスイッチを押した。
デスクの上にモニターが四つ出現する。
「その端の、見ててくださいね」
ナルアキはぱちぱち、とキーボードを叩いた。
指されたモニターに捜査資料にあった足跡が再現される。
「これが、一件目から三件目までの現場の足跡」
足跡に人のCG画像が合成される。
「足跡にかかった圧力から計算してみました。これは靴全体に均等に体重がかかっています」
続いて、また別の画像に切り替わる。
「これは、靴の部分的に体重がかかっています」
「サイズが合わない?」
「そういう事です。女性の可能性が高いと思います」
「女が、サイズの合わない男物の靴を履いてたって事か」
「こういう事は鑑識でやっといて欲しいですね」
確かに、と大葉は頷く。このぐらいの事はもっと早くわかるべきだ。
「四件目以降、つまり商店街の宝石店が狙われ始めてからは別人の犯行って事か」
「歩幅や角度もひとつひとつ見ると明らかに違います。これは見込み捜査による警察の怠慢じゃないんですか?」
「耳が痛いね。盛大に」
ナルアキはデスクの引出から既に見慣れた機械を取り出した。
それを床に転がして、起動ワードを告げる。その声に反応して、映像が立ち上がる。
黒髪の愛らしい少女だった。巫女を思わせる格好をしていたが、やはり非現実的な衣装で穀物や宝飾品を飾っている。
「神大市姫命(かむおおいちひめのみこと)です。商売の神様で、市場の守護神です。ま、名前なんか何でもいいんですけど、この事件は商売の神様を怒らせるに余りあるでしょうから」
「強盗だからな」
「えぇ、まぁ・・・」
ナルアキは曖昧に頷いて、笑った。