二
次に大葉がナルアキのもとを訪れたのは二週間の時を空けてからだった。
まさか、インターホンを押して玄関ロックが内側から外されるとは思っていなかった。
一階ロビーで押したインターホンに反応はなかった。危機感もなにもないナルアキから押しつけの様に教えられた暗証番号を入力して中に入った。
エレベーターで最上階へ。玄関にも付いてるインターホンを押したのが、たった今。
そして、電子ロックが解除される音が聞こえた。ここは暗証番号と指紋認証、網膜認証でロックされているので無反応なら諦めるか、管理人を呼ぶしかないと思っていた所だった。
『どうぞ』
聞こえたのは知らない声だった。よく通るものの、覇気なく話すナルアキのそれとは明らかに違っていた。
大葉は首をかしげる。友達がいない、と言っていたあの青年の体育座りが脳裏に浮かぶ。
だが、玄関を開いて、再び驚かされる羽目になった。意外と悪戯好きなのか、あの引き籠り。
『大葉さんですね、いらっしゃいませ』
大葉は文字通り、唖然とした。
言葉をなくした。
目の前に立っていたのは長い金髪をポニーテールにした、創作和服のような恰好の美青年だ。向こう側がうっすらと透けて見える。
その、透けた先に
「いい顔だなぁ。早起きした甲斐があった」
ナルアキが廊下の壁にもたれて眠そうにあくびをした。
早起き、と言うが現在午後三時。大葉もそれなりに配慮して訪れたので早起きにはほど遠い時間のはずである。
「なんだ、これは」
これ、と大葉は目の前の透けた青年を指した。
「神様プロトタイプってとこですかね。立ち話もなんですからどうぞ?」
気だるげにふらふらと奥の部屋へ向かうナルアキに神様プロトタイプ、はついて行く。
よくよく見れば移動しているのは投影機本体なのだが、きちんと合わせて動く手足や、なびく髪と服が妙にリアルだった。
先日よりも散らかったリビングに入ると、ナルアキはソファに膝を抱えて座った。
大葉はまだ二度目の来訪だったが、遠慮もなくその隣に座った。
じっと立っているプロトタイプが気になった。勿論、彼は立っているわけではない。そういう映像なだけなのだが視線すら感じる気がした。
「あれからとりあえず、作ってみましてね」
膝を抱えたまま、ちろりと前髪の奥の視線だけを動かしてナルアキは話をはじめた。
「天花」
ナルアキが呼ぶと神様はふたりの目の前に立った。
「移動できるように、投影機に小型のローラーを入れました。その分、サイズアップは否めなかったんですけど、まぁ問題ない大きさでしょう」
大葉は天花の足元を見た。以前よりも厚みが増し、ふっくらと丸みを帯びた形に印象だ。まさに碁石そのもののようだ。
映像をホログラムで出している都合上、天花の足は床についてはいない。僅かばかり浮いている。
「喋ってたよな?」
「はい。シソさんの空耳じゃないですから安心してください。合成音声のデータを入れてあります。AIを搭載してあるので自分の意志で活動しますし、人語も解します。他にも、カメラ、マイク、スピーカー、臭気センサー、温度計、などが下の本体に入っています」
「・・・、よくわからんのだが、つまりこうして立っていても目線は下なのか?」
「一般的に、ホログラムモニターにはセンサーが搭載されています。例えば、手を突っ込んだりしてもそれを感知して立て直すでしょう?モニターの前で手を動かすと動きを読み取って動作したりもしますよね。あれを応用して三次元立体にしたものを入れました。全体のバランスを整えるだけでなく、周囲の状況をセンサーで感知しています。見えているのと同じです。ですから、目線の位置や動きに不自然を出すことはありません。下のカメラは撮影や、望遠用だと思ってください。今は起動していません」
大人しく立っている天花は、大葉と目が合うとにこり、と笑った。
「ほとんど人間だな」
「この外見と、物体に触れない事を除けば、そうですね」
ナルアキがスリープ、と声をかけると天花の姿は消えた。床の上に本体だけがぽつり、と残る。
「ここ三日ほど一緒に生活してみましたけど、我ながらなかなかのものだと思いますよ。邪魔にならない話し相手って感じですね」
「話し相手、じゃ困るんだが」
「わかってますよ。まだプロトタイプですからね。改良の余地はあります。機能面ではこれからプラスしていくつもりですが、本来の目的である脅しにはかなり有効な出来だと思います」
大葉は感心した。仕事が早い。本人にしてみれば、趣味に時間を費やしただけなのかもしれないが、二週間でこの成果は驚異的なスピードだ。
天才、という評価に偽りはなかった。
「わかってると思うがな、先生」
「その先生ってなんですか?」
「俺にしてみりゃあんたは頭の良すぎる先生みたいなもんだ」
「はぁ、まぁいいです。そのかわり、シソさんって呼ばせて頂きますので」
「わかってると思うが、この計画は極秘事項だ。神様の存在は誰にも知られちゃならない」
「わかってます。その為に、前の会社にハッキングして色々データ弄っときましたから」
「・・・は?!」
「あ、ハッキング容疑だったんですよね。逮捕します?」
「したら困るのはこっちだ・・・」
「馬鹿じゃなくて良かったですねぇ、シソさん」
初めて会ったあの日から思っていたが、この引き籠り一筋縄ではいきそうもない。大葉はため息交じりに背を丸めて膝を抱えるその姿を見やった。
ナルアキが口元だけで笑うのがわかった。
「とにかく、計画の存在は公安でも片手で余る程度の人間しか知らない。あんたについては、俺しか知らない」
「それは助かりますね。シソさん以外の人にまで押しかけられては困りますから」
「だからあんたも、絶対に、」
「他言無用。厳密にせよ、でしょう?わかってます」
そう、この計画は人に知れては意味がない。要は都市伝説を作らなければならないのだ。
神は存在する。あの世は存在する。罪を犯せば神は見ている。それをこの国の人々に再認識させる事が目的なのだ。
神というものが、所詮ホログラムとデータで作られた玩具だと確信されてはならない。