ネット上に彼を見ない日は無かった。
大手掲示板、SNS、オンラインゲーム、そのどれもで彼は頂点だった。
自ら全ての痕跡を消し去り、消えるまでは。
『神様プログラマー』
序章
彼は壁を見上げた。
感嘆する。見事なグラフィティアートだ。
最早、今の世の中ではクラシックな芸術品だった。今時、誰もこんな物を描かない。
だからこそ、これを芸術として寛容に受け入れる事はなくなってしまった。
彼は長い前髪をうっとおしそうに揺らした。顔色の悪い青年だった。体つきも細く、色白で不健康な印象がちらつく。
二十六年前、首都だった東京を未曽有の巨大台風が直撃した。
首都直下型地震の数ヶ月後で、関東一帯はほぼ壊滅。遷都を余儀なくされ、首都は奈良に移った。
その後、東京は復興したが人口は著しく減った。奈良の繁栄と共に、東京の栄華は失われていき、今や台風前のビル群と台風後の住宅街が同居する奇妙な街になっていた。
技術は進み、しかし信仰は衰退し、そして一度壊れた街の治安は悪化の一途を辿った。
彼は駐車してあった車に乗り込み、指紋認証でエンジンをかけた。カーナビに行先を設定する。
サイドブレーキを下ろし、アクセルを一度踏み込む。それだけで車はゆっくりと走り出し、後はハンドルを握る必要も足を動かす必要もなかった。
赤信号で自動的に止まった車の窓から崩れそうな神社が見えた。
立派だったはずの石鳥居にツタが絡まり、苔生して緑色に染まっている光景は何とも形容しがたい虚しさがある。
彼は車中から両手を合わせた。車が再び自動的に走り出した。
その夜、器物損壊で逮捕された白髪混じりの中年男はしきりに口にした。
神を見た、と。