第一章
一
空気が秋を告げ始めていた。ナルアキはぼんやりとテレビを見ながら膝を抱えていた。
この所の仕掛けは喧嘩や車上荒らしが多発する地帯に常駐する神様を置いてくる、というような物ばかりだった。
有事のみ姿を現すように設定し、普段は隠れているように指示していた。充電の問題があるので、二週間に一度ほど見廻りに行かなければならないが、それを除けば楽な仕事が続いていた。
『今年も台風の季節が訪れました。避難用品の確認や、防災意識の・・・』
深夜ニュースのキャスターが告げるのは毎年聞く事だ。
この時期になると必ず、台風に怯えるようになる。地震とは違って、毎年必ずやってくる台風は人々の意識を毎年更新し続け、恐怖を拭い去る事を許さなかった。
くだらない。ナルアキはそう思う。台風が神の仕業だった時代はどこへ行ったのだろう。
自然現象に怯える事は神への畏怖という崇高な文化だったはずだ。それすら忘れて、過ぎるほどの対策ばかり講じるのは滑稽にすら思えた。
『次のニュースです。連続自殺事件の続報が・・・』
ぷつん、と電源を落とす。ホログラムが消える。
災害が怖いというくせに、自殺は絶えない。矛盾しているではないか。
「おかしいと思わない?」
『何でしょう?』
「自殺。お前はどう思う?」
『退屈は、人を殺すそうです』
「あぁ、そう・・・なるほどね。確かに、退屈な人生は死んでしまいたくなる」
『わざわざ死ななくても、死ぬ時は人は死にますのに』
そう言った天花の言葉が意外で、ナルアキは思わず傍らの人工神を見上げた。
『?なにか』
「いや、お前がそんな事言うとは思わなかった」
『そうですか?』
「やっぱり、僕の子だ。僕もそう思うよ」
『そうですか』
「どんなに防災意識を高めたって、死ぬ時は死ぬんだ。一戸建ての家に住んでたって、避難できない事もある。そういう運命だと受け入れられないものかな」
天花は静かに笑った。
それが人間なのだと思っているのだろう。この所の、天花のAIの成長ぶりは目覚ましいものがある。
ぴくり、と天花が反応した。
『ナルアキさん、お電話です』
「え、あぁ・・・携帯どこに置いた?」
『オーディオルームです』
ナルアキの自宅にはオーディオルームと名された部屋があった。
リビングにはホログラム式のテレビがあったが、オーディオルームには大きな液晶テレビが置いてある。
この時代、それこそ骨董品のそのテレビをナルアキは気に入っていた。何せ、ホログラムテレビには三色端子が入らない。古いゲーム機もDVDデッキも繋げないのだ。
今のゲーム機は無線でテレビに情報を送るのが主流で、映像はダウンロードで買い、オンラインに保管するのが当たり前だった。
機器は小さくなり、容量は大きくなる。何でも小さければいい、というものではないとナルアキは思っていた。小型化を極めて、だだっ広くなる部屋を何で埋めればいいのか。
それもまた、退屈の要因ではないか。
DVDやゲームのパッケージが散らばったオーディオルームに入ったナルアキは、鳴り続ける携帯電話を発掘した。この携帯電話を鳴らす人物など、他にいない。
「シソさん?」
『先生、』
「どうしたんですか?」
『先生、今何してる・・・?』
「はい?電話してるじゃないですか」
『テレビ、見てねぇのか』
「テレビ?ニュースですか?」
『あぁ』
ナルアキは先程のキャスターを思い出す。
発生してもいない台風に警戒する話、はまずないだろう。とすれば。
「連続自殺?」
電話の向こうで、大葉が息を呑む気配がした。
様子が、明らかにおかしかった。
「シソさん、どうしたんですか?」
『見たのか?』
「いえ、見たってほどじゃありません。トピックス程度です」
目の前にある液晶テレビは娯楽用で受信はしていない。
ナルアキはリビングに戻った。先ほどと同じく、ソファの横で立っている天花に身振りでテレビをつけてくれ、と伝える。
『行方不明の恵香ちゃんについて、現在警察は・・・』
ニュースは既に次に移っていた。
ネットニュースを探す、という手もあったが電話越しの刑事に聞いた方が早い。何より、大葉の様子がおかしいのが気がかりだった。
「シソさん、どうしたんです?声が震えてます」
『あぁ、いや・・・』
「シソさん?」
『悪ぃ、電話じゃ上手く話せる気がしねぇ』
「そうですか。今からいらっしゃいますか?」
『いいか?』
「しおらしいですねぇ。らしくもない」
『あぁ、情けねぇな。あんたしかいねぇんだ』
「・・・はい?」
そこで、電話はぷつんと切れた。ナルアキは首を傾げながら携帯電話を凝視するしか出来なかった。
「ねぇ、天花」
『はい』
「シソさん、変だ」
『そういう事もあるでしょう』
テレビ画面の向こうの出来事は、いつも他人事のはずだった。