極彩


嗚呼、綺麗な目だ

青い空みたいな

澄んだ海みたいな


極彩−what color−


天使が目を覚ましたのは石造りの古い家だった。
まず目に入ったのは薔薇のようなベルベットのソファ生地。
視線を上げると人形と本がずらりと並んだ棚。
首を回せばテーブルの上に乱雑に積まれた本があった。
その向こう側には作業机のようなものがある。そこに男がひとり、こちらに背を向けて座っていた。

「あの、」

ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。
かなり古い、傷みの目立つ家だ。
乱雑に散らばった小物が更にそれを目立たせる。

「おや、気が付かれましたか」

くるり、と向きを変えた男が作業机を離れゆっくりと天使に近付く。

知らない色だ。天使はそう思った。この色の名を、知らない。
髪も、シルクハットも、スーツも、眼鏡も、同じ色。
シルクハットとスーツにあしらわれた、リボンと薔薇の色だけがその中に浮かんでいた。

ソファの前まで来た男はすっと白手袋をはめた手を差し出し、天使の額に当てる。

「熱は無いようですね。気分はどうです?」
「いえ、なんともないです」
「そうですか。それなら結構。
 私はフェストと申します。貴方は?」

フェストと名乗った男の目は近くで見なければ闇と見紛う程に深い夜空だった。

「ジュリア、です」

その名を聞いた瞬間、フェストの表情が驚愕にも、納得にも見えたのはジュリアの気のせいか。

「ジュリアさん、ですか。良いお名前ですね」

「あの、私・・・どうしたんでしょう?」
「うちに居候している子が拾ってきたんですよ。行き倒れのようですね」
「いきだおれ・・・」
「追われましたか。堕天使さん?」

今度はジュリアの方が驚いた。

「どうして・・・、それを?」
「いやぁ、勘ですがね。戦時中に生きた天使が落ちてるなんてそうは無いですから。落ちてるのは大抵死んでますからね」

あっけからんとして答えた男の話は理由になっていない。

「私を拾ってくださった方はどちらに?」
「薪割りをお願いしました。そろそろ戻って・・・あぁ、彼です」

その時、ガラス戸を開いて入ってきたのはフェストと同じ色の髪。
その帽子飾りの薔薇と同じ色の瞳、同じ色の衣に身を包んだ青年。
死神だった。

「死神さん?」
「えぇ、彼が貴方を連れてきたんですよ。意識、戻ったみたいですよ」

後半は死神の青年に声をかけたのだろう。

「見ればわかる」

青年はそっけなく答え、ジュリアに一瞥をくれると棚で仕切られた向こう側のスペースへ引っ込んで行った。
ジュリアはソファから飛び起き、慌ててそれを追う。

棚の向こうにはダイニングテーブルがあった。
食事する為だけのスペースなのだろう。あるのはテーブルと椅子、ただそれだけである。
青年はその椅子のひとつに腰掛け、鎌を手入れし始めた。

「あの、ありがとうございました」

ぺこり、と頭を下げたジュリアを青年は綺麗に無視した。
視線を移すこともしない。

「名前、教えてください。私はジュリアといいます」

めげずに、にこにことした笑顔を向けてくるジュリアに青年はようやく目線をやった。

「セルバ」

しかし、質問に答えるだけだ。会話は続かない。
それでもジュリアはめげなかった。何せ目の前にいるのは恩人だ。
それだけではない。ジュリアにはこの青年に興味を持つ理由があった。
セルバのすぐ横の椅子に陣取り、彼の作業をまじまじと見つめる。

「・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「気が散るのだが」

根負けしたのはセルバだった。

「綺麗ですね」
「何が」
「その鎌も、セルバさんも綺麗です」
「・・・意味がわからない」
「きらきらして、綺麗に光を返すんです」
「刃物は磨けばこうなる」
「だけど、上手にしないと駄目でしょう?セルバさんは凄いですね」
「・・・死神だから」
「それにセルバさんも綺麗です」
「・・・・は?」
「私、貴方のような色ははじめて見ました!」

目を輝かせて綺麗だ、というジュリアはとても純粋だ。

「貴方の色はとても綺麗です。天界にはないものです」
「俺の、色?」

何だ、それは。

例えば、目の前のこれは白い天使だ。
宿主のあれは黒い男。
ならば自分はつまり、

「赤、か?」
「赤というのですか?その色は」
「これ、だろう?」

セルバが自らの衣を指すと、ジュリアは酷く嬉しそうにこくこく、と何度も頷いた。

「じゃあ、これは何と言うのです?フェストさんと同じ」
「黒」
「くろ、黒ですね!これも綺麗です」

ジュリアはそれは喜んで。
ではあれは、あれは、と何度も、いくつも色を聞いた。
それにひとつひとつ答えてやっているセルバに最も驚いたのは、彼自身だった。


「ねぇ、珍しいでしょう?」
「えぇ、本当に」
「喜ばしいですねぇ」
「でも、寂しそうですわ」
「寂しくなんかないですよ。念願叶ったんですから」
「セルバさんとあれだけ会話を続けられるなんて、本当にすごい才能ですわね」
「私も驚きましたよ。折角の拾い物、少しは興味を持ってくれれば恩の字と思っていましたが」


END